ブライアンとキース・リチャーズ part16

ものすごく間があいてしまいましたが、「ブライアンとキース・リチャーズ part15」の続きです。

あまりに間があいたので、とりあえずブライアンのハーモニカプレイを堪能しましょう。
perter & gordonの「LOVE ME BABY」です。↓

いきなりブライアンのハーモニカから始まるし、ソロもあるし、素晴らしいぃぃ!

この曲のことは、約一年半前の「ザ・ローリングストーンズ研究会 Vol.2」で知りました。

この当時の自分の感想部分を読んでみると、今とは考え方が微妙に違うような……。

今もそうですが、当時はもっともっとブライアン初心者だったので、仕方がないとはいえ……

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ジャン=リュック・ゴダールによる「ワン・プラス・ワン」が私設の映写室で先行試写が行われた翌日。

その映画を観たというキースと、チャーリーがロンドン東南部の倉庫街にあるリハーサル場で話しているところにビルが入ってきた。

そして次にブライアンがやってきた。

「キース・リチャーズ おれはここにいる」(スタンリー・ブース著)より。

(ブライアンは)ちょっとくすんだワイン色のスーツに、ピンクのシャツ、青いスカーフをしている。ハシシ所持のため逮捕されたが、先日の裁判で執行猶予になって以来、ブライアンは、ますます自我を露わにするようになっていた。数日前のことだ。ブルーのロールスロイスのサンルーフを上げて、キングス・ロードを走っていると、白髪の夫人が乗った赤いミニ・クーパーが通り過ぎていった。うしろの窓に”アーガイルを救おう”と書いたステッカーが貼ってある。誇り高きスコットランドの軍隊が、政府の財政方針を理由に廃止が検討されていることへの抗議なのである。そのステッカーをみたブライアンは、サンルーフから頭を出し、大声で叫んだ。
「野郎どもを撃ち殺せ!」
さて、ブライアンは、折りたたみイスに座ったキースの隣に腰を下ろし、つづれ織り模様の赤いブーツを脱いで、アコースティック・ギターをケースから取り出し、つまびき始めた。ブライアンは、ナイロンのソックスをはいていた。片方が黒で、もう片方は明るいブルーである。

――うーん、このソックスはブライアン流のオシャレではなくて、もう何もかもどうでもよくなっていた投げやりな気持ちの表れなのでしょうか。

この後、ブライアンは”メロディ・メイカー”誌を広げて、演奏しながらページを繰り、ミートパイを食べたりしていたそうです。

デビュー間もない頃のアンケートで、好きな食べ物に「ステーキ」をあげていたブライアン、「肉はずっと好物だったのね」なんて、思ってしまいます。

ある晩、ストーンズはロンドン新聞のために、ゴダールと一緒の写真を撮ることになっていた。

ストーンズ全員のメンバーを集めるのは容易なことではなかった。

チャーリーが一番先に到着し、そのすぐあとに、ブライアンが入って来た。
ふたりは腰を下ろして、ブライアンがモロッコで制作したアルバムのことを話し合っている。そこへ、ゴダールがやって来た。サングラスとトレンチコートを身に付けたゴダールは、小柄ながら、情熱をほとばしらせているような容貌だ。ドリフターズの『セイヴ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー』のレコードが流れるなか、チャーリーとブライアンは、その映画監督とおしゃべりを始めた。
「今、何か撮ってるんですか? それとも充電ちゅう?」とチャーリーが尋ねた。「今現在、っていう意味ですか?」と、ゴダールがたどたどしい英語で聞き返す。
「現在、映画を制作しているかどうかって、聞いているんですよ」と、ブライアンが説明した。
「ああ、二、三本撮ってますよ」
ゴダールは、控えめに肩をすくめて言った。

やがてミック、ビルとキースが現れ、撮影が始まった。

一時間ほど、カメラマンはメンバーにいろいろ指示を出しながら、撮影し続けた。カメラマンはブライアンを”その人”と呼び、「すみませんが、その人、カメラの方を見てくれませんか?」などと、注文をつけた。

「ちょっとあなた、もう少し頭を上げてくれませんか?」とカメラマンが言うと、ミックは、
「いいよ。これ以上いくらでも頭を上げられるさ」
と冗談で返し、みんな笑い崩れ、フォト・セッションは終わった。

秋も深まるロンドン、テムズ川のほとりなどを、ジョージア・バーグマン、俳優のハワード・ヘッセマン、ブライアンと散歩をしたのは、スタンリー・ブースにとって、忘れられない思い出なのだそうだ。

ブライアンといると、どういうわけか、わたしはくつろいだ気分になった。どちらかと言えば、わたしなんかよりずっと情熱的な、文字通り風変わりなブライアンであったが、わたしはブライアンに安心感を覚えた。その時、わたしは、彼を、ひいては、バンドのメンバー全員を非難するような意見を述べていた。
「大衆がビートルズのことを、四つ頭の怪物、と呼んでいますよね。でも、彼らに対抗するあなた方だって、グループとしてまとまっているかどうかは、疑問でしょう。お互いのことすら何もわかっていないじゃないですか」
ブライアンは、沈む夕陽の下で、ちょっと悲しそうに、くすっと笑った。
「いや、そんなことはないよ。おれは、ミックによく電話しているし、ミック、キース、おれ、三人とも、お互いに話し合ってはいるさ」
みじめな、か弱い若者。彼は、失意に暮れていた。
その哀れな天使に、心からの挽歌を捧げたい。

スタンリー・ブースはブライアンに好意的なようで、嬉しいです。

だけど、この時のブライアンの心境を考えると、切なくなってしまいます。

この頃には少なからず、ブライアンはメンバーとの間に距離を感じていたはず。

それなのに、「うまくいってないんでしょう?」と聞かれて、「そうなんだよ、うまくいってないんだよ」ではなくて、
「そんなことない、おれらはうまくいってるさ」
と答えたというブライアンには、ミックやキース、そしてストーンズに対する深い愛情があったのだと感じずにはいられません。
「そんなふうに、おれたちを悪く言わないでくれ」と。

1968年12月、アルバム「Beggars Banquet」が発売された。

このアルバムによって、ストーンズのファン層は更に広がった。

12月11日から12日にかけて「ロックンロール・サーカス」の撮影が行われたが、オンエアされずじまいとなってしまった。

12月18日、キースの25歳の誕生日、キースとアニタはリスボンからリオデジャネイロへ向かう旅に出発した。

アニタは妊娠していたため、安全な船旅を選んだ。

ミックとマリアンヌも同行した。

しばらくしてマリアンヌは体調を崩し、帰っていった。

ミック、キース、アニタの三人で「You Can’t Always Get What You Want」、「Let It Bleed」などを作った。

映画撮影終了後もミックはアニタに執着していたが、アニタは、
「彼の女になるなんて冗談じゃない」と思っていた。

アニタがミックと遊んでいる頃、キースは「Honky Tonk Women」を書いていた。

南米から帰ると、キースとアニタは、キースの母親ドリスに会いにいった。

昔ながらの英国人女性であるドリスは、大陸的なアニタが気に入らず、また魂の抜け殻のようになってしまった息子の様子に驚いた。

キースは音楽の世界にのめりこんでいったのと同じように、ドラッグの世界にのめりこんでいった。

ドラッグ常習者の世界ほど閉鎖的で、結束の固い世界は他になかった。

1969年5月から7月にかけて、アルバム「Let It Bleed」のレコーディングが行われた。

ジミー・ミラーは、これを、
「(キースが)音楽的にストーンズの中心となり、大成功をおさめたアルバム」
だと言った。

6月、キースとミックは、ブライアンをグループから脱退させた。

コッチフォードのブライアンの家をミック、キース、チャーリーの三人で訪ねた。

ブライアンは彼らの訪問の目的を察していた。

キースがもっぱら用件を伝え、ブライアンはキースの話をすんなり承知した。

「ブライアンはとにかく厄介なやつだった。ミックにしろおれにしろ、あいつを脱退させるのは辛かったよ。けど、あいつは演奏するのも立ち上がるのも、呼吸するのもほとんどできない状態だったんだ。おれたちはそこのところをブライアンにしっかりと説明した。あいつは酒びたりで、呼吸障害がひどいときには精神安定剤を飲んでいた。ステージの片隅で苦しそうにあえぎ、口に吸入器をくわえこんでいたことだって、一度や二度じゃなかった。ストーンズはもう、これ以上あいつを背負いきれなくなっていたんだ。だから『悪いけどおまえ、出ていってくれないか』と言うしかなかった」

――冷たいようですが、これがキースの正直な気持ちだったのでしょう。

以前、私はミックの友情というのは「恋心に近いようなもの」だと書きましたが、キースの友情というのは「家族的なもの」だと思うのです。

だからたぶんブライアンに対しても「しょーもない、世話がやける兄弟」的な気持ちがあった。

そんなブライアンが辛そうで、なのに自分からは離れていく様子がないのを見ているのが苦しくなった。

それで「もうラクになれよ」と、突き放したのではないかと。

きっとブライアンは、「そんなふうにラクになりたくはなかった」のでしょうけれど。

というところで、続きは後日。

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