ブライアンとキース・リチャーズ part12

ブライアンの後釜でストーンズのメンバーになったミック・テイラーのことって、あまり知らなかったのですが、先日観たDVDに入っていたこのセッション↓が印象的でした。

1973年のものですが、ブライアンが生きていたら、興味を持ったかな~なんて思って。
でもブルースっぽくはないから……、どうでしょう? 微妙……。

Mike Oldfield – Tubular Bells live – Part 1

このDVDには、クリス・ジャガー(ミックの弟?)とのセッションも入っていました。
クリス・ジャガーも今でもミュージシャンなのでしょうか?

それにしてもミック・テイラーは大分体型が変わってしまいましたね……。

それと、ボブ・ディランの「Don’t Look Back」を、しっかりとではなく、なんとなく観ました。(しっかり観ろって感じですが、時間がなくて;)

これはディランが1965年4月~5月、イギリス公演をやった時のドキュメンタリー。

そういえば、ディランがイギリスにいた時、ストーンズはアメリカでツアーをしていて、ディランが帰国する前日にストーンズはロンドンに戻り、ブライアンはディランに会った、と以前書きました。(越谷政義さんの記事より)

そんなわけで、
「この後、ボブ・ディランはブライアンに初めて会ったのかあ~」
なんて思いながら観ました。(ブライアンファンならではの目線^^;)
この映像の中で、動くドノヴァン(後にブライアンの私生児を産んだリンダ・ローレンスと結婚)を初めて見ました。

それとそれと、1965年4月17日のオリンピア・シアターでのライブ音源を聴きました。
ミックの声が太く聴こえました。

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part11の続きです。
太字がキースの発言です。

アルバム「Between The Buttons」ではできなかったこと、ストーンズの音楽を前進させていくために、ミックにもLSDをやらせて、ブライアンやキースが聴いていたサウンドの世界を教えることが必要だった。

これにより、比較的禁欲的だったミックは、一気にドラッグ論争の真っ只中に引きずり込まれていくことになる。

このあたり、ミックのブログのときに書いたことと重なります。

ブライアンとミック・ジャガー part4」より。
1967年2月5日の『ニュース・オブ・ザ・ワールド』というタブロイド紙に載った記事を読んで、ミックは怒り狂った。
それは、ブライアンをミックと間違えて、ブライアンがケジントンのクラブ《グレイセス》で語った言葉をミックの発言として掲載したものだった。
ブライアンは自分のドラッグ歴について話し、その場でもドラッグをやり、近くにいた女の子にドラッグをすすめていた……

ミックがトーク番組でこの新聞を訴えるといきまくと、反対にイギリスの新聞業界の怒りを買うことになってしまった。

キースは自分のフラットの外に両脇が白いパネルになっている茶色の引越し用トラックが駐まっているのに気づいた。同じ日の遅く、同じ車がミックのフラットの外に駐まっているのを見つけ、キースは自分の電話が盗聴されていたのを知った。

2月11日、12日の週末に、キースは友人を集めてレッドランズでパーティーを開いた。

ミック、マリアンヌ、クリストファー・ギブス、マイケル・クーパー、ロバート・フレイザー、ジョージ・ハリスンとパティ夫妻、アメリカ人のドラッグ専門家デイヴィッド・シュナイダーマンらが集まり、LSDをやることになっていた。

集団トリップは大成功だった。

ジョージ・ハリスン夫妻が帰ったころを見計らって、警察が踏み込んできた。

マリアンヌは風呂上がりで大きな敷物を身体に巻いた状態だった。

警察はフレイザーからヘロインを、ミックからアンフェタミン4錠(マリアンヌが医者から処方されたもの)を押収したが、キースからは何も出てこなかった。

しかし警察は、「もしこの場から押収したものに違法なものがあれば、それを自分の家に持ち込ませた罪により禁固刑に処する場合がある」と言った。

後にニューズ・オブ・ザ・ワールドのまわし者だったのではないかと疑われたシュナイダーマンのスーツケースは、調べられることもなかった。この二日後にシュナイダーマンは姿を消し、消息はわからなくなった。

「警官は、ジョージ・ハリスンが邸から立ち去るのを待っていたんだ。ビートルズを逮捕するところまでいっていなかったんだよ。ストーンズに的を絞ってものにしろ、と本部から言われていた」

キースはドラッグが法律違反だという意識はなかったと言う。

ミュージシャンが仕事をこなすためにドラッグを使用するのは仕事の一部である、ただファンや一般大衆までもドラッグをやりたがるのが問題だったのだと。

「ストーンズは物凄く人気があったから、逮捕された。ドラッグは単なる口実で、俺たちが検挙されれば、大衆への効果的な見せしめだったからさ」

「やがて、麻薬が大問題になった。みんながドラッグについての曲を作り、演奏する。まるで麻薬の使用を推奨しているみたいな状況になる。それで、誰か適当な張本人を見つけ出し責め立てようというんで、俺たちがはめられてしまった」

「逮捕されて、親父に手紙を書いたよ。新聞でいきなり知らされるのもかわいそうだったからね。でも返事はなかった。あれには頭にきたね」

ロバート・フレイザーは明らかに揉み消しを希望していて、ミックとキースはトニー・サンチェスを仲介役にして、ロンドンのパブで待っている警察の上層部の人間に7000ポンド届けた。

そして、「みんなでモロッコにでも行って、のんびり陽気にやろう」という雰囲気になり、一行はモロッコに出発する。

このモロッコで、アニタがブライアンを捨て、キースのもとに走るという恋人交替劇が起こるわけですが、このことは「Brian`s Birthday♪」に書きましたので、ここでは省略します。

モロッコ在住で、一行のもてなし役だったブライオン・ガイシン(画家、作家)すらも、キースとアニタの間に行き交うただならぬものに気づいたという。

アニタが泣き叫びながらキースの部屋に飛び込んだとき、キースは初めてバンドよりも女を優先した。アニタをブライアンから引き離そうと決めたのだ。

「(ブライオン・ガイシンが)ブライアンをジャジューカの音楽を聴きに連れて行く段取りになっているからと運転手のトム・キーロックに言い含め、車でマラケシュを出ることにした」
「俺はアニタに惚れてしまった。本当に、あっぱれな女だよ。ブライアンが彼女に暴力を振るっても、殴り合いの末、男のほうがあばら骨を折っちまったくらいだからね。アニタがどんなに手強いかわかるだろ」

キースとアニタはロンドンに戻り、セント・ジョンズ・ウッドの狭いフラットで暮らし始めた。

再会したブライアンに、アニタが、
「あなたなんか、とても一緒には暮らしていけないどうしようもない男で、今はキースとうまくいっている」
と告げるのを聞いて、内心アニタがブライアンのもとに戻ってしまうのではないかと心配していたキースはホッとした。

しかし同時に、この裏切りは絶対にブライアンに許してもらえないだろうとも思っていた。

キースは友人たちにこう言っている。
「ひどいことになっちまった」

更に別の打撃が襲ってきた。

警察に渡したはずの7000ポンドが消えてしまい、キースたちは起訴されることになったのだ。

裁判所の聴聞会は5月と6月に予定されていた。

このあたりのことは、再び「ブライアンとミック・ジャガー part4」と重なります。
(あれ? これでは”1万2000ポンド”警察に渡した、と書いてありますね。トニー・サンチェスの著書で確認したところ”1万2000ドル”となっています。実際にお金を運んだトニー・サンチェスの言葉が正しいのでしょうが、このポンドのドルの違いは?? たぶん1万2000ドル=7000ポンドということでしょうか。つまり”1万2000ポンド”が間違い? ミックのブログを書いた時に参考にした本には、1万2000ポンドと書いてあるのですが)

「ドラッグ・カルチャーなんてものがあればの話だが、67年はまさにそれが爆発した年だったと思う。実際の話、一年半ほどは身動きがとれなかった。ひどい年だった。みんなが変わらなければならない年だった」

3月と4月、ストーンズはヨーロッパでの短いツアーの予定が入っていた。
ブライアンはアニタに「ツアーの後で、ブライアンのもとに戻るから」と説得されてステージに立った。

「ここ一年かそこら、ほとんど使い物にならなくなった時、ブライアンはバンドのいい冗談の種だったね。やつに腹をたてないでいるにはそうするしかなかったんだ。だから、いつも陰ではひどいことも言ってたもんさ。つまり、ブライアンってのはすごくばかみたいなところもあれば、すごくいいところもあったってことだよ。スタン・ゲッツがよく言われてたのと同じかな。『やつはいろんな顔を持ったやつさ』ってね。どの顔に会うことになるかは誰にもわからないのさ」(数年後、キースはミックに対しても、まったく同じ台詞を言うことになる)

ツアーが終わり、「A Degree Of The Murder」を出品していたカンヌの映画祭に招待されていたブライアンとアニタは、飛行機でカンヌに入った。

キースは一週間、車でヨーロッパを回った後、プレミアに間に合うようカンヌ入りしてホテルに引きこもり、成り行きを見守っていた。

ブライアンが発作的にアニタに暴力をふるい、アニタはキースのもとに逃げ込むことになった。

ブライアンとアニタがよりを戻すかどうか3ヶ月間待っていたキースも、とうとうブライアンの鼻先でぴしゃりとドアを閉ざした。

キースとアニタはカンヌからパリに向かった。

パリで二人に会い、2,3日一緒に過ごたジョン・ダンバーは、
「キースも気持ちが荒れていた時代だった」
という。

ロンドンに戻って、ドラッグ裁判に取り組む一方、ストーンズは次のアルバム「Their Satanic Majesties Request」に取り掛かった。

アニタはローマに行き「バーバレラ」の撮影に入った。

キースと付き合い始めた最初のうちは、ブライアンと違って、女優という職業を理解してくれると思っていたが、「バーバレラ」の次に「キャンディ」の撮影に入り、マーロン・ブランドと共演の場面があると聞きつけたキースは現場に飛んできた。

結局はブライアンの時と同じだった。

アニタ曰く、
「ああいった男たちの女でいるということは、いつも脇役でいるっていうこと」
5月10日、キースとミックが保釈された日、ブライアンが逮捕される。

このドラッグ裁判のせいで、「Their Satanic Majesties Request」の録音は細切れに行われた。

ミックはビートルズの「Sgt.Pepper」に感銘を受け、ストーンズもサイケデリックなアルバムを作るべきだと主張した。

しかしブライアン以外は楽器や装置を持っていなかった上に、そのブライアンがこんな構想は真っ平だと考えていた。

キースもブライアン寄りの考えだった。

ここで初めて、バンド本来のルーツを信奉するキースと、流行の風に吹かれるままにやっていきたいというミックの考えが対立することになった。

トニー・サンチェスは、
「あのアルバムはうまくいかなかった。ミックとキースとブライアンの間がギクシャクしはじめたのも、あれが大きかった。ブライアンとおれがスタジオに行ったら、キースがアニタといたよ。二人とも一緒にいるのを楽しんでいるのが残酷なくらいはっきりと伝わってきた。だが、キースもミックもわざと意地悪をしているつもりはなくて、むしろ心配していたようだった」
と語っている。

今やストーンズの原動力はミックとキースで、ブライアンや他のメンバー、アンドリュー・オールダムでさえ、雇われミュージシャンか、単なるセッションマンの扱いだった。

トニー・サンチェスが「ブライアンはひどく疲れている」とキースに注意を促すと、キースは、
「みんな疲れてるさ。でもやつがいつまでもあんな調子じゃ、ギターの弾ける人間を新しく探さなくちゃな。やつの面倒を見てくれる女でも調達できないか?」
と答えた。

グリン・ジョンズは、「キースとミックがバンドを支配しているのを快く思っていたメンバーはいなかった」と言う。
「キースは自分じゃバンドでの権力などには無頓着なふりをしていたが、俺に言わせればそれは嘘だね。もっともミックほど執着していなかったがね。ミックは本当に積極的なタイプなんだ。でもそのミックが何かを決めようとしていて、キースがそれに反対の場合なんかには、キースがどれだけこだわるかがわかるはずさ」

――アニタがブライアンを捨て、キースのもとへ。

前にも書きましたが、キースがいてもいなくても、ブライアンとアニタは長続きはしなかったように思います。

ブライアンのことを知った直後は、見た目だけで「アニタとお似合い♪」と思っていました

が、知れば知るほど、この二人は合わなかったように思えてきたので。

そして、ここが忘れてはいけないポイント。

キースがブライアンからアニタを奪ったのではなく、アニタがブライアンではなくキースを選んだのだということ。

もちろんキースもアニタに惹かれていたのでしょうけれど、アニタがブライアンとくっついていれば、キースはアニタを横取りしようとは思わなかったでしょう。

サンチェスに言ったという言葉、
「(ブライアンの)面倒を見てくれる女でも調達できないか?」
も、最初は「ブライアンの彼女だったアニタとつきあってる立場で、何言ってるんだ」って思いましたが、こうしてブログを書いてくると、言い方はぶっきら棒だったとしても、キースに悪気はなかったのだろうと思えてきました。

”アニタをとってしまう形になってしまった自分には何も出来ないから、誰か他の女を紹介してやってくれ”
と、言葉の真意はブライアンを気遣うものだったのかもしれません。

ブライアンの前でも構わずにアニタといちゃついていたというのも、
「コソコソしてる方が、ブライアンのためにもよくない」
とか思っていたのかも。

まあ、どちらにしても、ブライアンにとっては楽しい状況ではなかったでしょう。

ブライアンが、キースのかつての恋人、リンダ・キースとつきあったのは、キースに対しての腹いせだったのでしょうか。

しかしそのリンダ・キースもトラブルを起こしてしまうわけで……、ブライアン、ついてないですね。

後日に続きます。(今まで最長だったミックのブログより長くなっていますが、気にしな~い)

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