パティ・ボイド自伝/ワンダフル・トゥデイ

師走だからなのかなんなのか、寒いし慌しいし、少しも頭がクリアになりません。(いつもそれほどクリアじゃないけど)

本題の前に、いくつか。

その1
歩いて10分弱の美容院の予約の30分前には家を出たはずなのに、歩きながら時計を見ると、まだ美容院のずっと手前なのに、予約時間の2分前でした。
いくら数字に弱いとはいえ、これは一体どういうことなのでしょうか。酷すぎでしょう私;
そこからダッシュして、着く頃にはヨレヨレ気味でした。

その2
久しぶりにお気に入りバンドの演奏を聴きにライブハウスに行ったら、出番が早くて、もう始まっていて、半分以上聴けませんでした。ToT
その上、慌てていたせいか、ドリンク券もなくすしToT
でも半分以上聴けなくても、感動したし、元気をもらったし、それにメンバーとも少し話せたからよかった(^^♪

次にストーンズ絡みの、いくつか。

その1
”ロックンロール・サーカス”収録から、ちょうど40年経ったそうです。
記録によると、ロックンロール・サーカスの収録は1968年12月10日~12日。

その2
先日TV東京の「なんでも鑑定団」で、ストーンズの幻の来日チケット(というかパンフ)の鑑定をやっていました。
えーと、確か60何万かだったような。
観ていたのに、よく覚えていないのってなんなんだ、って感じですが、たまたまアンガールズがゲストだったのも嬉しかったし、それにストーンズの今までの活躍を紹介するビデオの中で、ブライアンを”ストーンズのリーダー”と言ってくれたのも嬉しくて浮かれてしまっていたのでした^^
いいぞ~、TV東京!

その3
今、1989年12月19日のAtlantic city, Convention centerでのストーンズのライブDVDを観ています。
「Continental Drift」で始まるってことで、興味を持ったのですが。
「Ruby Tuesday」では、ブライアンがいないのに、ブライアンのリコーダーの音が聞こえるような気持ちになりました。
その上、今回のブログで名前が出てくるエリック・クラプトンが出ているではないですか!
しかもブライアンのスライドが素晴らしかった「Little Red Rooster」の演奏をしているっ!
この後、私はエリック・クラプトンについて否定的なことを少し書いてしまいますが、ギターの音を聴くと、音楽的には彼は素晴らしいと思いました。

**********************
さて、本題に入ると思いきや、もう少しちょっとだけ。

パティ・ボイドの本の話題なのに、カテゴリはブライアン。

ブライアンにも触れるから、このままでいいのだ。

いろいろ検索をしていたら、ストーンズメンバーとパティ・ボイドが一緒に撮ったとっても魅力的な写真を見つけたのですが、人様のブログの写真を勝手に借りるわけにはいかないので、申し訳ないですが、気になる方は探してみてくださいませ。特にブライアン、やるぅ~!って感じの写真です。

さてさて、ホントに本題。
「パティ・ボイド自伝/ワンダフル・トゥデイ」(パティ・ボイド、ペニー・ジュノー著)を読んだ。

パティ・ボイドのことは、ブライアンからビートルズ、そしてジョージ・ハリスンと結婚した女性というつながりで知っていたけれど、私がこの本を読んでみたいと強く思った理由は他にある。

ブライアンのことを書いているうちに、私はなんとなく(いえ、もしかしてこれは見当はずれな思い込みなのかもしれませんが)、当時ブライアンの近くにいた人たちについて、
「あ、この人はブライアンが仲良くなれそうなタイプ」
というのが、ピンとくるようになったのだ。

これって自分のことに置き換えてみると、わかりやすい。

例えば、学校で、職場で、プライベートな集まりで、何人かのメンバーと一緒になった時、
「この人とは仲良くなれそう」
っていうのって、ピンときたりしません?

反対に、
「この人とは、あんまり親しくなれなそう」
って思ってしまうこともあるし。

別にそこにいる人たちを識別しているつもりはなくても、自然にピンときてしまうことってありますよね?

それと似たような感じで、ブライアンが接していた人たちについても、私はなんとなくピンとくるようになった。

たぶん多くのブライアンファンの方たちも同じなのではないでしょうか。

例えば、ブライアンが一緒に活動するメンバーとして、ミックやキースを選んだのはわかるような気がする。

何故、どういうところが、と聞かれると、感覚的なものなので上手く説明できないのですが、なんとなくわかるような気がするのだ。

それと、ビートルズのメンバーだったら、ポールよりもジョンやジョージと仲良かったというのもわかるような気がするし、ジミ・ヘンドリックスと仲が良かったのもわかるように思う。

そこで、なのですが。

パティ・ボイドの二度目の旦那様となるエリック・クラプトン――、ブライアンと同じような時期に同じような場所で演奏していたはずなのに、一緒にやろうって話にはならなかったのかなって、ちょっと思ったことがあったのだ。

が、ドキュメンタリーでエリック・クラプトンが話している映像を観ていて、これもまた”なんとなく”ピンときた。

”エリック・クラプトンとブライアンは親しくなれなかっただろうな”
って。

別にどっちが悪いとかではない。

どういうところが合わなかったと、具体的にあげられるわけでもない。

そして別に嫌い合っていたわけでもないと思う。

ただ、それほど親しくはなかっただろうな、と思ってしまった、これは理屈ではなくて、直感みたいなもの。

ちょっと前に読んだ「エリック・クラプトン自伝」では、ブライアンのことについては殆ど触れていなかった。

単に名前が出てくる程度で、
「やっぱりそれほど親しくもない知り合いって感じだったのかな」
と思った。

で、その「エリック・クラプトン自伝」を読んで、これもなんとなく、
「パティ・ボイドは辛かっただろうな」
って思ったのだ。

悪口が書かれているわけではないのですが、女性として、エリック・クラプトンの心情に共感するよりも、パティ・ボイドに共感する部分の方が大きかった。

そういう流れで、「パティ・ボイド自伝」を読んだ。

パティ・ボイドは長い間、本を書くことを断り続けてきたが、自分の経験を明かすことが、同じような人生を歩み、まだ強くなれずにいる人たちのためになるのではないかということで、語るときがきたと思ったそうだ。

そして、この本は他の人の記憶とは違っているかもしれないが、パティ・ボイドにとっては真実の物語であると語っている。

パティ・ボイドは1944年3月17日に生まれた。

4歳から一家でアフリカに移住。

その後、両親の離婚、そして母親の再婚などを経験する。

17歳からモデルの仕事を始め、1964年に映画の撮影でビートルズに出会い、ジョージ・ハリスンから誘われ交際が始まる。

1966年1月21日に結婚。

その時の様子がコチラ↓
George Harrison & Pattie Boyd – Wedding Footage 1966

まー、なんてお似合いの二人なのでしょう!
二人とも可愛い!

それにものすごく愛し合ってるのが伝わってくる~ひゅ~♡

幸せだった二人の生活、しかしその結婚も1974年には破綻してしまう。

ジョージが宗教にのめりこんでいた、またジョージの女性関係などが原因とされている。

7月3日にパティはジョージに、「別れるつもりだ」と告げる。

ジョージがベッドに来たとき、傍らに横たわる彼の悲しみが痛いほど伝わってきた。

「行くなよ」
とジョージは言うが、我慢の限界だったパティは、
「行くわ」
と言って、翌日アメリカへと旅立った。

しかし、パティは本の中で何度も書いている。

”ジョージと別れるべきではなかった”
と。

エリック・クラプトンとは遊び仲間だったが、ジョージとは魂がつながっていたのに、と。

この後、パティはずっと熱烈なラブレターを送り続けてきていたエリック・クラプトンと再婚する。

ジョージに抱いていたのは大きくて深い愛情だったが、エリック・クラプトンとの間には熱に浮かされたような激しい情熱があった。

ところがエリック・クラプトンとの夫婦生活も少しずつ悪化し、破綻してしまう。

最初は優しかったクラプトンは、酒癖が悪く、アルコール中毒にもなっていて、子供が出来ないパティをよそに、他の女性と子供をもうけていた。

パティは傷つき、夫婦仲は最悪になり、ついにクラプトンは酔っ払って、パティに「出て行け」と怒鳴った。

一人になり、自分が一体何者なのかわからなくなったパティは、昔の友達との交流を温め直しながら、自尊心を取り戻すことに努めた。

長い間、スターの妻だったので、日常の実務手続きについてもなにも知らなかった。

仕事を得るため、学校に通い、今では写真家として個展を開き、スターの妻としてではなく、パティ・ボイドとして認められるようになった。

2001年11月30日、ジョージは亡くなった。

ジョージとの仲は、兄妹のようになっていた。

別れてからも、
「もしもうまく行かなかったらいつでも自分のところに来ればいい、面倒をみよう」
と言ってくれていたジョージの死は、耐え難いものだった。

パティは告別式にも、一年後にエリック・クランプトンが主催したメモリアル・コンサートにも行けなかった。

パティはジョージとの結婚生活を続けられなかったことは悔いているが、しかしエリック・クラプトンと会わなかったら、あの情熱を知ることはなかっただろうと語っている。

ジョージはパティのために「サムシング」を書いた。これはソロになって初めてのシングルになった曲。

またエリック・クラプトンはパティのために「レイラ」「ワンダフル・トゥナイト」を書いた。

今は、もたれかかる人がいなくても、自分が倒れない自信もある。もちろん完璧な男性が現れたら、明日にでも手に入れようとするだろうが、私は一人でも生きていける。それに、いろいろな意味で、これまでのどんな時期よりも自分の人生に満足している。とても良い友人が大勢いるからだ。

本を読み終えて、パティ・ボイドはなんてつかみどころのない人なんだろう、と思った。

いわゆる女の嫌らしさのようなものは、まるで感じられない。

頼りないようでいて、長女らしい、しっかり者のところもある。(パティ・ボイドは6人兄弟の長女)

辛い経験もしていて、傷ついていないわけではないのに、芯から打ちひしがれてもいないような逞しさを感じる。

例えば、落ち込んでいるのだろうと思って慰めようとすると、とっくに立ち直ってのほほんとしているようなイメージがある。

付き合っている男性には尽くす可愛らしさがある。

放っておけない可憐な雰囲気を持ちながら、実は結構強い。

自らを”依存傾向が低いタチ”だと言っているし。

魚座だからというのではないかもしれないけれど、”水のような人”なのかもしれない。

環境に合わせて、いろいろな形に変わる。(つまり順応力がある)
濁ることもあるけれど、自浄作用が働く。
いざとなれば、岩をも削る強さがある。

「エリック・クラプトン自伝」を読んだときに感じたパティ・ボイドに共感する気持ちは更に強くなった。

これは私の女性としての意見で、男性には男性の言い分があるのでしょうが、そもそも親友であったジョージ・ハリスンの奥さんだったパティ・ボイドを好きになったからって、その気持ちを隠そうともせず、愛を綴った手紙を送り続け、念願叶ってパティ・ボイドが自分の元にきてくれたのに、彼女を幸せにすることもできないって、男としてどうなのよ、って思ってしまう。

ジョージと別れることを選んだのはパティかもしれないけれど、エリック・クラプトンには男としての責任があるでしょう?

ブライアンとキースの間にもアニタのことでゴタゴタがありましたが、キースはそれなりに男の責任を果たしたと思う。

でも、なんだかんだ言っても、パティ・ボイドは(この本が出版された頃は)落ち着いた日々を過ごしているようだ。

それが何より喜ばしいことだと思うし、やっぱり女性は強い、などと感心もしてしまう。

私たちの世代はまさに一つの革命を起こした。十代で服従することを拒否した私たちは、今でも、反逆の精神を忘れていない。今でも型破りで、人生が与えてくれるものを全部楽しみ、若さを保つためのものは何でもやっている。いつかは落ち着くのかもしれないが、そんなに焦らないでいただきたい。

”生き残り”という言われ方をマリアンヌ(フェイスフル)は嫌っていたようですが、パティ・ボイドは”生き残った”ことを幸運だと言っている。

生き残りの秘訣は、順応力と逞しさ、といったところでしょうか。

パティ・ボイドのホームページはコチラです。

パティ・ボイドって、写真によって別人のように見えるから不思議。

以前、コメントで教えて頂いたのですが、写真の中にはマリアンヌとアニタのツーショットもあります。

(うわ~、観ているライブDVDで「paint it black」が始まった~。ブライアンがシタールを弾く姿が脳裏に浮かびます。そして続けて「2000 light years from home」ですって! ブライアンのメロトロンが、うわ~、うわ~っ

そして続けて「sympathy for the devil」! フッ、フー[E:notes] そして続けて……、うわ~、もうこのライブ最強っ)

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コメント

  1. harrison K より:

    初めまして。
    ブログを拝見させて頂き、昔々、ローリング・ストーン誌に連載されていたのを本にしたという「悪魔を憐れむ歌」を読んで、ブライアンが憑依したかのようになっていたのを懐かしく思っています。「彼は狂っていた」とかひと言で切り捨てるミックより
    (ブライアンの伝記本にキースのコメントが載るまでの)長きに渡りキースは敵(笑)でしたね。ジョージへの追悼コメントも好感度アップで、今はあのテレキャスターのコードワークの音色とソロのバラードの枯れた歌声、気に入っています。
    個人的には一貫して、ジョージ・ハリスンが唯一のアイドルです。
    あと、デヴィッド・シルヴィアンも好きですが、三人とも魚座というのが共通するところ。音楽性も含めて控えめで謎めいた神秘的な魅力を感じます。
    ビートルズにブライアン、ストーンズにジョージが入れ替わっていたら、と想像してみると、案外しっくりいっていたりして?
    ジョージが、パティと上手くいかなくなって去られた期間の作品は痛々しく(でもそれ故に心に染み入る曲揃いと思います)、ヨーコと離れた時期のジョン・レノン同様にかなりの酒の量で、(恐らくドラッグも‥?)相当に体調も崩し、クラプトンとは逆にヒット・チャートからも遠ざかっていきます。
    そもそもジョージとクラプトンは親友なのでしょうか?
    何だか、兄弟のように愛憎が入り混じっているような関係に思えるのです。
    ジョージは、ギタリストとしてのクラプトンへのリスペクトをずっと持ち続けていたと思います。(日本のみのライブでは「サイコー!ギター!」と日本語で讃えてました)
    片やクラプトンは、ギターの腕前では雲の上でも、ビートルズという越えられない偉大なバンドの一員であり、地位も名声も才能もあり美しい妻が傍らにいるジョージへのジェラシーは払拭できるものではなく、自らもその一端を正直に語っていましたが、それ故にパティをどうしても得たかったのだろうなという気がします。
    確かにパティの自伝のアンサーのようなクラプトンの自伝には余り感心はしませんが、去られたクラプトンにもジョージ程ではないにしろ苦しみがあったと思わせる曲があります。
    クラプトンがパティに向けて作った「ワンダフル・トゥナイト」は有名ですが、パティと別れて、それをとても後悔していることを感じさせる「オールド・ラブ」(実は先のジョージとの日本公演でもこの演奏が一番良かったです)の方が、「レイラ」に近いクラプトンの苦しい思いを読み取れて個人的には「ワンダフル・トゥナイト」以上の曲だと思っています。
    パティとジョージのカップルは、まるでファッション・ショーから抜け出たような美貌同士故に別れて欲しくなかったというファンもいるでしょうし、パティの自伝からは、自分が別れを切り出さなかったら、今でも一緒だったかのような自信を感じますが、果たしてそうなのでしょうか?
    ソロ後期にジョージを知った人は、物憂げなトーンの持ち味に否定的な人も結構いますが、ビートルズ時代の代表的楽曲である美しく繊細な名曲「サムシング」でさえ、独特の哀愁があります。
    ジョージは、オリビアと出会えて初めて安息の地を見つけられたように思えます。持論ですが、ジョージは暗くて当たり前。その持ち味こそがジョージ・ハリスンというカラーだったのが、オリビアをパートナーとしてから、是非は別として明るい曲が多くなっていきます。
    そんなオリビアとの出会いという必然の前では、ジョージはパティを選択しなかったのではないかと思います。
    最後に、レアなジョージとブライアンのツー・ショット写真画像をその昔見ましたが、シタールでの共演でもあったら‥とは夢の夢ですね。
    (長々と失礼してしまい、スペースを取ってしまうので削除して下さって結構です)

  2. るか。 より:

    harrison Kさん
    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    削除なんてとんでもないです。
    コメントだけでもひとつの記事になるくらい読み応えあります!^^
    それぞれに、それぞれの想いがあったのだと思いますが、
    後から考えれば間違っていたと思ってしまうようなことでも、
    当時はその道を選ぶのがベストだと思えたのでしょうね。
    ひとつひとつの選択が人生を作ってきたのでしょうし、
    なので「間違いだった」などと思うことないのに、と感じます。
    アーティストは、別れや出逢いが作品に反映されますね。
    ファンは作品を通して、アーティストの想いを感じ取り、
    そこからいろいろ学んでいきますよね。
    私もブライアンを通していろいろと学んできました。
    それってとても幸せなことだと思ってます。