41年目の命日

今日はブライアンの41年目の命日です。

正確にはブライアンが亡くなったのは7月2日の深夜、つまり3日になる前だったらしいです。

日本との時差のことは別として、
つまりちょうど、41年前の昨日から今日にかけてのことになるわけですが、
私が昨日から今日にかけて、どう過ごしていたかといいますと――

おつきあいでビール一杯だけ飲んで、なんとなくいい気分で帰路につく。

帰宅途中でメールのやりとりなどをして、帰宅後、着替えなどなどを済ませ、数日前からお気に入りの「白くまアイス」を食べる。おいしい*^^*

メールの返信がきていたので、更に返信を打とうとして、眠気に襲われる。

携帯を持ってベッドに向かい、(たぶん)返信を打ちながら、異常に眠くなり、
「少しだけ眠ろう」
と思って――
気付いたら、朝でした。

電気もつけっぱなしのままでした。
「えっ」
と思いながらも、今日が土曜日(休日)だということはわかっていて、
しかし、”何時ごろに眠った”とか、眠る前の記憶があやふや^^;

「そうだ、メールを打っていたはず、
送信後に眠ったのか、それとも途中で意味不明のメールを送ってしまったのか……」
と焦りながら、ベッドの上にあった携帯電話を見ると、バッテリーが切れる寸前の状態で、画面には”充電してください!”というメッセージが。

送信済みメールをチェックしてみる。

どうやら、無意識に送信はしていなかったらしい。

そして、打ちかけのメールは自動的に保存メールフォルダに保存されていた。

保存された時間6時38分。打ちかけのまま、放置されていた時間が長かったらしい。
保存された内容、『掛けかや柔さ』

もちろん、こんな内容のメールを私は打っていない。
ここに出てくる漢字”掛”も”柔”も、使っていない。

わからないけれど、保存される時に文字化けたのでしょう、たぶん。
「とりあえず、よく眠ったな~」
ぼんやりしながら、思いついた。

もしかして、亡くなったときのブライアンも、こんなふうだったのかなって。
私はベッドの上にいたから、溺れなかった。
でも、これが深夜の誰もいないプールだったら?

2006年に公開された映画によると、ブライアンは冷たいプールが嫌いで、水温を高くしていたという。

そして当日は湿度が高かったそうだ。

つまり、プールの中で、まるでお風呂に入っているような心地いい気分になってしまったのではないかと。

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の聴き方が変わる本(今 拓海、著 文藝春秋)によると、ブライアンは当時、医者からバンビツール系の睡眠薬を処方されていた。

現在では外来の患者には絶対に渡さないそうだ。
何故なら、この睡眠薬とアルコールの飲み合わせは大変危険で、多くの人たちがこの飲み合わせで命をおとしていったから。
(ちなみに現在では、死に至らせてしまうような睡眠薬は処方されないようになっているそうだ)

著者によると、ブライアンがバンビツール系の睡眠薬、アルコール、更にアンフェタミン、その他のドラッグの飲み合わせで2年以上生き延びたというのは、不思議なくらいの幸運なのだそうだ。

当時のブライアンは、違法なドラッグはやめていたと思う。

でもアルコールは飲んでいた。

亡くなった夜も、ワインを飲んだと言われている。

それに医者に処方されていた薬も飲んでいたでしょう。

要するに、何人もが命をおとしたといわれている飲み合わせをしていた。

昨夜の私は知らないうちに眠っていたけれど、
睡眠薬を飲んだりしていないし、ビール一杯弱は飲んだけど、それほど酔っていたわけではない。

まあ、日々の睡眠不足などもあるから、私とブライアンの状態が似たようなものだったとは言えないけれど、
襲ってくる異常な眠気の力の大きさは理解できた。

ブライアンを襲ったのは、もっともっと大きい睡魔であり、加えて心臓停止、てんかん発作などもあったのかもしれない。

あの頃に戻って、せめて「その睡眠薬は飲まないように!」と、伝えることができたら、何かが変わっただろうか。

41年目の命日、
今日は、というか今日も、ブライアンの魂を感じながら過ごそうと思います。

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