ブライアンとジョン・レノン

ストーンズ脱退後、一緒にバンドをやろうという話があったと言われているジョン・レノン。

あまりにも有名すぎる人ですが、彼は一体どういう人で、もしもブライアンと組んでいたらどうなっていただろう、と思った。

同じように組んでやる予定だったと言われているジミ・ヘンドリックスとブライアンは、なんとなく似ているようなところがあり、
「いい仲間でいられたかもしれない」
と思えたのですが。

実際に2人が一緒に演奏した音源は残っていますし。

そこで今回、読んでみたのは「ジョン・レノン」(レイ・コールマン著、音楽之友社)

これを読んだだけでジョン・レノンは語れませんが、数ある本の中でも比較的偏りのない描かれ方をしているかな、と思えたので、これを選んだ。
(以下、引用文は全てこの本から)

んんん~、まず感じたのは、ジョン・レノンは才能溢れる魅力的な人だと思いますが、複雑な人だなということ。

ブライアンも複雑な人だったと言われていますが、ブライアンは混乱していただけで、別にそれほど複雑な人とは私には思えず、むしろジョン・レノンの方がずっと複雑な人のような気がする。

複雑、というか、付き合いづらそう、という表現の方がより近い。
(オノ・ヨーコは、”ジョンは単純だけど複雑な人だった”と回想している)

ブライアンはたぶん、とりあえずの人当たりはよかったようなイメージがあるのです。(”とりあえず”から、本当に親しくなれるかどうかは別として)

だけど、ジョンからはいきなりグサッとくるような毒舌がポンポン出てきそうなイメージです。

彼なりのユーモアである、すぐには理解できないようなことを言われて戸惑ってしまったり、そこで気の利いた返しが出来なくて、パニくってしまったり。

大人になりきれない部分を持っていたジョンとは(ブライアンもある意味、そういう部分が強かったのだと思いますが)、細かいことを気にしない心が大きな人、彼のそういうところも受け止められるような人ではないと、付き合うのは難しかったように思うのです。

さて、そんなジョンとブライアンは、うまくやっていけたのでしょうか?

ちょっとしたお手伝い程度の演奏だったら問題なかったかもしれませんが、一緒に組んで、なにかを作ろうとした時に、はたして?

こんな想像をしてみても意味ないだろうなと思いつつ、想像するくらいはいいでしょ、と妄想を膨らませてみます。笑

――たぶん、とってもうまく行くか、全くうまく行かないかのどちらかだったのではないかと思えます。

うまく行くとしたら、音楽論を戦わせながら、毒のあるジョークかなにかを言い合ったりして、わいわい楽しく一緒にできたかもしれません。

うまく行かないとしたら、共に折れない二人が折り合うところもないまま、互いに不信感を持つようになり、心を開かず頑なになってしまい、話し合いも成立せず、結局何も成し遂げることなく終わっていたかもしれません。

ジョンの率直な物言いに、ブライアンが耐えられたか?というのもポイントでしょう。

ブライアンはうじうじ……(失礼)、という表現があまり良くなければ、繊細ゆえに気にしすぎるところがあったので。
(ジョンも繊細な人だと思いますが、気にしすぎる性格というよりも、それを乗り越えて、むしろサバサバしているイメージがある。傷つく前に、パーンと弾き返してしまえそうな)
例えばブライアンはストーンズの悪口を言われると、自分が言われているように落ち込んでしまったそうですが、この本には、

ジョンはローリング・ストーンズをほとんどアーティスティックには評価していなかった。ジョンは飲むと、ストーンズは単に黒人音楽のコピーだとぼろくそに言っていた。

と書かれていて、ブルースのカバーをやっていたのは事実なだけに、これはシャレにならないでしょう。

ジョンは言ってしまってから、後から悪かったと謝ることもあったらしいですが、もしもこの言葉がブライアンの耳に入ったとして(カバーを率先してやっていたのはブライアンだと思うので)、ブライアンはこれを笑って受け流せるでしょうか。

ジョンにとって(著者にとっても)”ストーンズ”といえば、ブライアンというよりもミックだったようで、ストーンズの話になると、ミックの名前が出てきます。

ジョンとミックは表面上はうまく行っているように見えたが、ジャガーがストーンズを使ってビートルズを越えようとしているとレノンは考えていて、それを悲しいことだと見ている印象が強かった。後に、レノンはストーンズの『サタニック・マジェスティーズ・リクエスト』というアルバムを『サージェント・ペパー』の真似だと酷評し、<ウィ・ラヴ・ユー>というシングルを<シー・ラヴス・ユー>をひっくり返しただけだと毛嫌いした。しかし、ジョンもポールも、ジョンが激しく批難したそのレコードにたまたま参加して歌っていた。

(このあたりは、以前、ブライアン「いいヤツ」発言でも触れましたね)

最後の部分は笑ってしまいますが、ジョンは他にも、

ミック・ジャガーはロックンロールのチャーリー・チャップリンだよ……それはミックにとってはいいだろう。だって、あやつり人形のように踊って、ショーを作りあげるんだから。

など、「ミックはお笑い」だというような発言をしています。

それはそれでいいんじゃない、と言いながら、どこか軽く見ているように思えます。

またブライアンはあるインタビューで、アメリカやカナダのブルースが好き、でもクラシックも好きだし、ポップミュージックも好き、とこたえていますが、ジョンは、

彼はクラシック音楽を毛嫌いしていた。テンポが遅すぎるというのだ。「あれはもう、『過去』の音楽だよ。あんなものはゴミの山と同じさ。僕の方がクラシックの作曲家よりも現代にふさわしい音楽を書いてると思うね。それに、現代のクラシック音楽なんてものあるのかい? 全然ないじゃないか」

と語っていたそうです。

ブライアンの音楽に対する興味は幅広かったと思えるので、こういうふうに音楽のジャンルでスパッと切り捨ててしまうような考え方のジョンとは意見がぶつかりはしなかったでしょうか。

軽いつき合いをしている時はぶつかるまでは行かなかったかもしれませんが、いざ、組んで音楽を作ろうとなった時に、どうだったでしょう。

幼少時から、複雑な家庭環境の中にいたジョン。

伯父、母親、親友(スチュワート・サトクリフ)、マネージャー(ブライアン・エプスタイン)、父親、とひとつだけでも耐えられないような近しい人たちとの死別を体験していきます。

先ほどもあげた、ブライアン「いいヤツ」発言の中で、ジョンはブライアンの死について尋ねられ、
「何も感じなかった」
と答えていて、私は、「何も感じなかった」ってことはないのではないか、と書きましたが、これほど大切な人たちとの死別を体験してきたジョンにとって、これは当たり前の対応だったのかもしれません。

つまり、(これらとまともに向き合っていると自分が壊れてしまうため)本当に何も感じないようにしていたか、感じているのだけど、質問者がそれ以上、そのことに触れないように、わざと「何も感じてない」と答えたのか、ということです。

この対応は彼なりの、自分を防御する術だったのかもしれないと思えるのです。

この本を読んで、世間は狭いな~なんてあらためて思ったこと。

ミックの恋人、マリアンヌの前夫のジョン・ダンバー(インディカという小さな画廊のオーナー)が教えた「おもしろい展覧会」で、ジョンはオノ・ヨーコと出会ったのです。(彼女はその展覧会に出品していたアーティスト)

そして、画廊の出資者の一人がピーター・アッシャーで、彼はピーター&ゴードンというヴォーカル・デュオのかたわれ。

ブライアンはピーター&ゴードンのアルバムにハーモニカで参加し、名演を披露している。

また、そのピーターの妹は、当時ポール・マッカートニーのガールフレンド。

スーパースターたちは交際範囲も広いと思いきや、狭いところで絡み合っているのですね。

ヨーコは強すぎる女性というイメージで、あまり好感を持っていない方もいるのかもしれませんが、この本を読むと、ジョンがヨーコを心から必要としていたのが理解できます。

ヨーコはジョンにとって、妻であり、友達であり、アーティスト仲間であり、そして母親的な存在でもあったのですね。

2人は別居生活を経て、また一緒に暮らすようになるのですが、その時にヨーコがジョンに出した条件は、

これからはもっと大人らしく振舞うこと。酒を飲んではだめ。二人の関係を新鮮に保ち、自分の独自性を主張するために、頻繁に一人旅すること。そして、仲たがいの原因となった自己憐憫の癖を直すこと。

だったそうです。

なんか、すごいです。

本当に強くて冷静な女性という印象を受けるし、信頼関係があるからこういうことを言えるのだと思うし、自分がヨレヨレになって、このままじゃダメだということがわかっているけど、どこに向かっていいのかもわからない時に、こういう全てを見通した、そして互いの立場を尊重した言葉を言ってもらえたら嬉しいだろうし、素直に受け止められるだろうなって思います。

そして、信頼を裏切りたくない、期待にこたえて、彼女のことを少しでもしあわせにしてあげたいって思うだろうなって、想像します。

ジョン亡き後、レコーディングしたアルバムジャケットに、ヨーコは事件の夜に回収した血のついたジョンのメガネの写真を使い、物議をかもしたそうですが、そのことについて、ヨーコは次のようにコメントしています。

「わたくしはその時何が起こったかを全世界に思い出させたかったんです。メガネや血を見て、みんな不快に感じてるんですか? メガネなんか実際にあった事件のほんの一部分です。みんながこのメガネに耐えられないなら、わたくしは残念ですね。そこには死体も、血もあったんですよ。彼は全身血まみれだったんです。床の上は血だらけでした。それが真実なんです。みんなに実際に何があったかに直面してほしいんです。ジョンは自殺したんじゃない、”殺された”んですよ。メガネと血が不快ですって? ジョンはもっとずっと苦しまなきゃならなかったんです」

ジョンは有名なスターだったけれど、それだけじゃない、他のみんなと変わらない人間であったということですね。

キレイなところだけを見て、ただ崇めていたい人たちもいるのかもしれないけれど。
ジョンとブライアンが似ているかも、と思ったのは、

一緒に美術大学に通っていたどの学生も、レノンにまつわるそれぞれ別々のエピソードを持っている。しかし、彼らが口をそろえて言うのは、もしも「ジョンがビートルズで成功しなかったら、すぐに道を踏みはずしただろう」、ということだ。シンシア(ジョンの前妻)の言い方では、もし彼がポール・マッカートニーの口車に乗せられていなかったら、また息子のジュリアンのためにお金を稼ぐ気にならなかったら、そしてずっと後にビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインに尻を叩かれなかったら、ぐうたらで終わっていただろう。

という部分。

ブライアンも音楽の道に入らなかったら、定職にもつかず、何をしても身が入らない、女好きな”ぐうたら”になっていたかもしれない、なんてちょっと思ってしまいました。(ごめんね、ブライアン。あ、でもブライアンにはイヌイットになりたいという夢があったんですよね)

この本の中で、ブライアンが登場するのは、私が読んだ限り一箇所だけです。(見落としていたら、すみません)

一行がロンドンに移動し、ローリング・ストーンズに会った時、ジョンはそのソロ・プレイを、やはりローリング・ストーンズの一枚目のレコードでハーモニカを吹いていた故ブライアン・ジョーンズにからかわれた。
リッチモンドのクロウダディ・クラブを訪れた時、ストーンズが開いたプライベートなパーティでジョンはブライアンにこんな質問を受けた。
「<ラヴ・ミー・ドゥ>ではハーモニカを吹いてたのか、それともブルース・ハープを吹いていたのかい?」
レノンはこう答えた。
「ハーモニカだよ、ほら、ボタンが一つついているやつ」
ジョンがあのレコードで一体どうやってあんな太くて低い音を出しているのか、不思議でしかたなかったと、ブライアンは後で述懐している。ジョンはブライアンに「ブルース・ハープじゃ、<ヘイ・ベイビー>のリフを吹くのは不可能だ」とも言った。当時、ビートルズの最高のお気に入りは、ブルース・チャンネルのハーモニカ中心のヒット曲<ヘイ・ベイビー>だった。ジョンはハーモニカを吹く時、そのスタイルをできるだけ真似しようとしていたのである。



ブライアンとバンドを組む話があったなどということは、少しも書かれていないんですよね。
まだまだ何も本格的な話にはなっていなかったということでしょうか。

でも、一曲くらいで終わってしまったにしろなんにしろ、2人が作り出す音楽を聴いてみたかった、というのが本音です。

コメント

  1. ジョンレノンってどこに行っても一番威張っていますよね。ロックンロールサーカスどか見てもミックやキースが気を使っているのがよく分かりますしね。根っからの親分肌なんでしょうね。

  2. るか。 より:

    マックスミドルトンさん、
    コメントありがとうございます。
    そうですね、
    ジョン・レノンのキャラクターなのでしょうね。
    でも妻であるヨーコをママと呼んでいたとか??
    益々不思議な人です。