ブライアンとボブ・ディラン

「ブライアン・ジョーンズな日々 part7」で書いたように、ビルが書いた「ストーン・アローン」によると、ブライアンとボブ・ディランが会ったのは、1965年(ニューヨーク)ということになっている。

ニューヨークに到着した晩(1965年10月27日)、おれたちの主演映画の企画を練っていたクラインは『乱暴者』というマーロン・ブロンド主演の映画を見せてくれた。シティ・スクワイアに戻ると、ボブ・ディランがブライアンを訪ねてきた。以来ふたりの付き合いは長いこと続く。

11月9日夕方5時頃、その後12時間にも及ぶ停電になり、信号機も消えている通りをブライアンはスコット・ロスと共に運転手つきのキャデラックで(ブライアンの)ホテルに行く。

スイートルームにたどり着き、コートを脱ごうとしているときノックの音が聞こえて、ブライアンが蝋燭を手にしたまま扉を開けると、ボブ・ディランが大勢の人たちを従えて立っていた。『われわれが火星からの侵略者だ』とボブは言ったそうだ。

その晩、ブライアンはディラン、ロビー・ロバートソン、ボビー・ニューワースらとともに彼の部屋でジャム・セッションをやった。蝋燭の光の中でみんなでアコースティック・ギターを演奏したが、テープに録音しようにも停電では仕方がない。このセッションは後々まで”幻のジャム・セッション”として語り草になっている。

↑うわ~、聴きたかった!

ブライアンはボブ・ディランに自分のグループに誘われたり、長電話をして話すこともあったりしたというエピソードもあり、2人は仲が良かった(というか、いい音楽仲間だった)のだろうと思われる。

しかし、ニューヨークのチェルシー・ホテルでブライアンとアニタがボブ・ディランに会った時のことは、こう書かれている。

ディランはブライアンに会うなり、「やあ、ブライアン、例の妄想癖の具合はどうだい?」と挨拶をした。このときのことを、アニタはこう語っている。「ブライアンがリムジンでわたしたちをクラブへ連れていったというので、ディランは彼のことをさんざんこき下ろしてたわ。『リムジンだって? ポップ・スター、リムジンに乗るってわけか?』ってね」

こういう表現をされると、ブライアンがボブ・ディランにバカにされていたみたいに感じてしまうけれど、これはディランのユーモアなのでしょうね。

そしてたぶん、アニタはこういう対応をされた時、相手の中に敵意を感じとってしまうような血の気の多い(というか気が強い?)人なのでしょうね。

またこんな記述もある。

トム・キーロック(1965年、ストーンズのドライバー兼ボディーガードとして雇われた)の日記。「GOOD TIMES BAD TIMES」より。

1966年5月25日、メイフェアのドリーズ・クラブ(ミュージシャンたちの待ち合わせの場所でもあった)でブライアンとキースが飲んでいたときのこと。
そこにはボブ・ディランもポール・マッカートニーもいて、他のバンドを見ながら飲んでいた。

ブライアンとキースはぐでんぐでんに酔っ払っていて、突然キースは、ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」に腹を立て、ばかにするなと責めあげた。ブライアンも加わり、手をあげそうになると、その場の空気はどんどん悪くなるばかりだった。ディランは極度に緊張し、席を立った。そして泊まっているメイフェア・ホテルに帰りたがった。体力的にも弱く、袋の中にはいっている人ですら殴ることができない。そのくらい気が小さい人のように見えた。
キースは、ディランをつれていこうとするわたしに「おい、どけよ、邪魔なんだよ」と言った。私は、「いいかい、私が君たちのために働いている時は君たちにもこうする。今は私は彼の面倒を見ているのさ。やるなら私からやりたまえ」そう言って、私はディランを掴むと外に引っ張り出し、私のオースティン・プリンセスにほうり込み、車を出した。
ほっとしたのもつかの間、バック・ミラーにブライアンのロールスロイスに乗ったキースとブライアンが映っているではないか。頭がもうろうとしているブライアンが運転しているのだ。ホテルに着き、ディランを部屋に向かわせようとしていた時、フロントホールからブライアンの車が歩道に乗り上げようとしているのが見えた。そして、そのあと車は、回転ドアから入ってきた。

これを読むと、ボブ・ディランがおとなしくて気が弱い人みたいに思えます。

一応、トム・キーロックが見たとおりのことなのでしょうが……、一体ブライアンもキースもなにをやってるんでしょうか;

若気の至りなのでしょうけれど、悪ふざけしすぎだってば。

余談ですが、同じくトム・キーロックの日記に書かれていたエピソードには、思わず笑ってしまいました。

1966年、レコーディング・スタジオでのこと。

トム・ジョーンズが隣のスタジオで「グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム」をレコーディングしていたので、冗談で『草がいっぱい詰まった芝刈り機を彼のスタジオに置いておくのはどうか』と思いついた。

ミックは賛成しなかったが、ブライアンにはかなりうけて、そのまま芝刈り機を探しに出かけてしまった。

ブライアンは芝刈り機も草も手に入れられなかったらしく、その夜は帰ってこなかった。

ビルにブライアンの居所を聞かれて「芝刈り機を探してるんだよ」と答えた。だれも、こうした行いをするブライアンに疑いを持たなかった、そうだ。

おもしろいなあ、ブライアン。
仲間の中に、こういうぶっ飛び過ぎた遊び心がある人がいたら楽しいだろうな、って思います。
(今回、引用文が多くなってしまい、疲れました;)

追記
part7で私は、
『ボブ・ディランの「Ballad Of A Thin Man」の”Mr.Jones”は、妄想癖のせいじゃなくて、どう考えてもブライアンじゃないでしょうか?』
というようなことを書きましたが、その後、KAWADE夢ムックのボブ・ディラン特集号の中に、こんな記事を見つけました。

その年(65年)のコンサートでこの曲(ライク・ア・ローリング・ストーン)を演奏したあと、ディランは聴衆にこう語りかけた。
「ミスター・ジョーンズに向けて歌ったナンバーでした。次もミスター・ジョーンズを歌っています」

(といって歌ったのが「「Ballad Of A Thin Man」)

これを読む限りでは、やはり「Ballad Of A Thin Man」のMr.Jonesはブライアンだと思うのですが……。

追記(→その後、「「アイム・ノット・ゼア」”I,M NOT THERE”」で書きましたが、「Ballad Of A Thin Man」のモデルになったらしきジョーンズさん判明)

コメント

  1. トシ より:

    るかさん、こんにちは。
    ブライアンの映画DVD2月28日発売ですね。待ち遠しいです。通常版でなくコレクターズエディションの方を買おうと思ってます。思ったより早く発売になって良かったです。
    吹替えも有れば面白いのに。
    芝刈り機の話しには以前自分も笑わせてもらいましたよ。ブライアンみたいなのが友達にいると楽しいでしょうね。暗い感じのイメージがあるけど本当は陽気で明るい人なんですよね。
    ボブディランらとの幻のジャムセッション聴いてみたいですね。残念です。
    そういえばホンキートンクウィメンのブライアンがギターのヴァージョンがあるそうなんですが、これも聴きたいな~
    60年代の未発表曲ドバッと出ないんでしょうかね。

  2. るか。 より:

    こんばんは☆
    2月28日といえば、ブライアンの誕生日じゃないですかー。
    本当、DVD化早いですね。
    絶対、ブライアンみたいな人がそばにいたらおもしろいですよね。
    なんとなく当時のメンバーの中では一番人当たりがよさそうな気がします。話しかけやすそうっていうか。
    でも、そこから親しくなれるかどうかはわかりませんけれど;
    ブライアンはたぶん、自分が信頼できる人にしか心を開かないような気がするので。
    ボブ・ディランとのエピソードを書いていたら、なんだかボブ・ディランの本まで読みたくなってきました。
    ブライアンとのこと、少しは書いてないかしら??
    ホンキートンクのことは、えーとたぶん「悪魔と踊れ」の中でブライアンパパがコッチフォードでブライアンにホンキートンクを聴かせてもらった、けれど、その後ブライアン抜きで再録音された、って言っていて、その最初のバージョンがブライアンのギターが入っていたものだったのでしょうか。
    聴きたいですねー。
    ああ、それもこれも全部、盗まれてしまったのでしょうか……
    あっ、でもホンキートンクのオリジナルテープは誰かが持っててもおかしくないですよね。
    誰が持っているんでしょうー。