「BEGGARS BANQUET」part2

part1からの続きですが、今回はブライアンをクローズアップしたお話をご紹介しましょう。

インタビューにこたえているのは龍之介さん(ミュージシャン)。

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「ロックンロール・サーカス」のDVDを観て、ダブル・パンチ

彼は、

「僕はアコースティックの人だから、何が好きかと言われたら、『<ベガーズ・バンケット>と<レット・イット・ブリード>のキース・リチャーズのアコースティック・ギター』と答える。これは今でも変わらないんですよね」

と語りつつ、

「でも、今、一番心に来ていて、熱いのは、ブライアン・ジョーンズだから」

と言う。

「ロックンロール・サーカス」のDVDを観て、ブライアンの演奏と映り方のダブル・パンチを受けた」
のだそうだ。

龍之介さん曰く、

「ギターが鳴ってないんです。ただギターを弾く振りをして、へらへらしている。だけど<ノー・エクスペクテーションズ>が始まった瞬間に、『カッ』と入るんだよね。何かが彼に降りてきたのかもしれない。この世のものとは思えない何か、宇宙人か何かと交信しているのかもしれないと思うほど、物凄いスライド・ギターをガツッと決めている。あれを観た時は、ローリング・ストーンズと言えばキース・リチャーズだろうという、それまでの僕の考えが吹き飛んだ。あのブライアン・ジョーンズの壊れっぷりというかね、あれは完全に精神が破綻してるじゃないですか。普通に観たら、単なるジャンキーだよね。だから公開されなかったと思うんですよ。ブライアンのあの顔は、とてもテレビに映せるものではないからね。あれは、ちょっと洒落になってなかった。とにかく、<ノー・エクスペクテーションズ>のスライド・ギターにはショックを受けた」

え? これは新解釈。

確かにロックンロール・サーカスのDVDで、ブライアンのギターの音が聴こえてこないというのは、よく聞くお話。

でもそれは編集時に、(どうしてだか、誰の指示だったのかはわからないけれど)ブライアンの音を消したんじゃないかというのが今まで多く言われてきた意見だと思う。

ブライアンはあの時、弾く真似だけをしていて、音を消されるまでもなく、最初から音を出していなかったのでしょうか。

それと、放送されなかった理由としては諸説ありますが、
「ストーンズの演奏が、疲れすぎているせいか、水準以下だった」
というミックの一声で放送されなかった、という説が有力かと思っていたのですが、違うのでしょうか。

確かに、演奏をしているブライアンには以前のような元気はありません。

メンバーからの疎外感を味わいながら、つらさを抑えてステージにたっているように見えます。

ひどい様子いえば、キースに関しても同様で、顔色なんて真っ青です。

ビルとチャーリーは、いつも通り。

ものすごく生き生きとしたオーラを発しているのはミックだけ。

しかしブライアンの様子は、”とてもテレビに映せるようなものじゃない”と言われるほどだったでしょうか。

この映像が放送されなかったのは、ブライアンの破綻っぷりのせいだったのでしょうか。
更に、龍之介さんは語ります。

ブライアンのマラカスを絶賛!

「あと、<悪魔を憐れむ歌>のシェーカーも凄い。シェーカー振ったことある人なら分かると思うけど。あのふたつを持って、両手でリズムを変えながら、ヴォーカルとヴォーカルの間をオブリガードのように、メロディを埋めるかのようにして、しっかりリズムを刻んでいるのね。ブライアン・ジョーンズは完全にぶっ飛んでるけど。あの奇跡的な映像は、アートなんですよ」

これも新解釈。

あの曲の時、
「ブライアン、マラカスかい。涙」
「たぶん、マラカスでも振ってろ、って言われてひたすら降り続けていたに違いない。涙」
みたいな、”ブライアン、かわいそう”っていう涙の意見が多かったように思うのですが、あのマラカスがそんなに素晴らしい演奏だとは思っていませんでした。

他の曲ではブライアンの音が聴こえないのに、あの曲の演奏時は、マラカスの音がやけに大きく聞こえるな、とは思っていましたが。

続けて龍之介さんの語りをご紹介していきましょう。

「キース・リチャーズ素晴らしいし、ミック・ジャガー素晴らしいけど、ブライアン・ジョーンズがいなければ、ローリング・ストーンズというバンド名すらなかったんだよなと改めて思いました」

「彼には、いろいろな楽器を奏でたいという音楽的な探究心があった。キース・リチャーズとミック・ジャガーが作った歌に、もっと装飾をほどこしたいと思ったわけですよね。そこで、とても不思議なことがある。彼はローリング・ストーンズのための曲を1曲も書いていないんですよ。これは、信じられないですよね。あんな楽器の天才が、ピアノまで弾ける人がさ、曲を書けないなんて」

ブライアンは本物にはかなわないと思っていた

龍之介さんは、このことについて、「ブライアンはブルースを愛しすぎたがゆえに、曲がかけなかったんじゃないか」と解釈する。

「ミックとキースは、ブルースをやる時、「俺たち最高!」って思っていると思う。ブライアン・ジョーンズは「俺、最高!」とは思っていないと思う。本物のスライドにはかなわないと思いながらやっていたと思う」

ああ、これ、当たっている気がします。

そういうところが、ブライアンっぽい。

俺のほうがすごいなんて思っていない、絶対、本物にはかなわないって、敬愛の気持ちをずっと抱いていた……、気がします。

「絶対、ブライアン・ジョーンズなら最高の曲書けたはずなのに、あの人は繊細すぎて、ブルースのことを愛しすぎて、本物にはかなわないと思っていて、だから曲が書けなかったんじゃないか。曲が作れなかったらミュージシャンとして劣っているのか。そう考えるのは、違うと思う。大事なことはハートで、どれだけ音楽を愛しているかなんですよ」

「俺ね、こういいたいんですよ。ブライアンが、黒人音楽に対するコンプレックスがあったゆえに曲が書けなかったのだとしたら、あなたのスライド・ギターこそ、誰も真似できない、素晴らしいものなんですよ!って。だからどうか安心して、今後もキース・リチャーズとミック・ジャガーがどれだけハチャメチャなロックンロールをやっても、あの世で好きなだけ飲んで、好きなだけ……して、ふたりを見守ってほしいって思うんです」

ブライアンはバンドのために、曲作りをしていなかったのだろうか?

という部分に疑問は残りますが、最後のところは、ちょっと涙ぐんでしまいました。

こんなにあたたかい気持ちでブライアンを思っている若きミュージシャンが日本にいるっていうことに。

こうやってブライアンが遺していったものは、受け継がれていくんですね。

引用が多くなってしまいました……。

また、まとめきれなかったので、続きは後日書きます。<(_ _)>