「BEGGARS BANQUET」part1

気づいたら「BEGGARS BANQUET」のCDを3種類ほど持っている。

普通のと、アウトテイクのと、MONOバージョン?

ストーンズファンの間でも、このアルバムは評価が高いらしく、そんなわけで、今回はこのアルバムを特集した雑誌から引用しながら書きます。

その雑誌とは、コレ。「ロックジェット VOL.20」↓

表紙の写真は2度目の裁判後のときのものでしょうか。(ブライアンの横にいるのは、アニタではなく、スキです)

とても読み応えがある内容でした。

これを読むと、「BEGGARS BANQUET」の深さがわかります。

筌尾正(うけおただし)さんは、「ベガーズ・バンケット」がストーンズのアルバムの中で一番で、このアルバムこそロックなのだと語り続けているそうだ。

「それまでの<サティスファクション>にしても、<黒くぬれ!>にしても、シングル曲は聴き続けていたけれども、そういうラジオのポップス番組に流れるようなサウンドじゃなかった。一度聴いただけで、あのサウンドの虜になったよ。「これは正座して聴かなければならない音楽なんだ!」と思ったね。それは、今でもそうだけどね」
「『ベガーズ・バンケット』を聴くと、ローリング・ストーンズの一番奥が見えると思うんだよね。バンドの奥底までもが、ときどき透けて見えるアルバムなんだよ」
「なにかしながら聴ける音楽も大切だけど、それを聴くと他のことがなにも出来なくなるような、そういうアルバムも絶対に必要で、俺にとっては、それは『ベガーズ・バンケット』だな」

すっごい!

このアルバムって、そんなに神聖なアルバムだとは思っていなかった。

正座して聴く音楽かあ……

「プロディカル・サン」は、ロバート・ウィルキンス(牧師)が原作だったにも関わらず、長い間”ジャガー&リチャーズ”のクレジットだったそうだ。(現在は訂正されている)
その歌詞の内容は、牧師であるゆえか、悔恨と寛容を描いたものになっている。

(Text by 山本慎也さん)
「要約すると、実家を飛び出した息子が、異国の地での放蕩の末、路頭に迷い、思い悩んで再び家に戻ると、父は息子を許して受け入れるというもの。新約聖書の「ルカ福音書」15章の「放蕩息子の物語」がそのベースになっている。」

歌詞(対訳)を読んでみると、「なるほど」って思えます。

この歌詞はミックっぽくないですものね。(とか、わかったようなこと書いちゃったりして;)

私が持っているアルバムの曲紹介には、ジャガー&リチャーズのクレジットになった理由として、リリース時は作者が不明だったため、となっていますが。

ウィルキンス牧師の「プロディカル・サン」も聴いてみたいです。

山本さんは、ブライアンファンが読んだら、悲しくなるような文章を最後のほうに書かれています。

「『プロディカル・サン』は、「ブライアン・ジョーンズ以降」を見据えて再スタートを切ったローリング・ストーンズの、最新型のロックンロールである。悲しいことではあるけれど、『プロディカル・サン』に、ブライアン・ジョーンズの姿はない。この曲は、ミックの歌とキースのギターだけで成立している。
曲のエンディング、キースは使っていたピックを壁に投げつける。レコードには、そのカランという音が刻まれていて、最後にEナインスのコードがシャランと空虚に鳴り響く。その音が、あまりにもカッコよい。最初から最後まで「ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズ」が、その魅力で、曲を覆っている。そこには、ブライアン・ジョーンズのギターが参加する余地がないのだ」

言われてみなければ気づかなかったけれど、確かに曲の最後にピックを投げるカランという音が、カッコよく聞こえます。

レコーディング当時のブライアンの様子について、トニー・サンチェスの本にはこう書かれています。

「ブライアンは、このニュー・アルバムのレコーディングに張り切っていた。『サタニック・マジェスティーズ』が悲惨な結果に終わったことで、ブライアンの音楽感覚については改めて証明されていた。」

「サタニック・マジェスティーズ」にブライアンは反対していた。

ストーンズはストーンズの音楽をやるべきだ。ビートルズの後追いみたいなアルバムを作るべきではない。

しかし、ブライアンの意見は無視された。

ブライアンは彼なりの貢献をアルバム作りの中でしたが、世間の(ブライアンの演奏に対してではなく)アルバムに対する反響は惨憺たるものだった。

今度こそ、ストーンズ本来の音楽が出来ると張り切っていたブライアンだったが、ミックとキースは、ブライアンを除け者にしようとしていると、怒りで泣きぬれる。

「ミックとキースが、ブライアンを意識的につぶそうとしたわけじゃないということはわかっている。ただ少々忙しすぎただけだろう。このアルバムの成功にすべてがかかっていることを考えて、わがまま放題のブライアンが邪魔になってきたのだ。このアルバムに全力を注ぐためには、頭をシャープにしなければと、ミックとキースはほとんどドープには手をつけていなかった。しかしブライアンのほうはといえば、マンドラックスとブランディ漬けの毎日で、まったく信用がおけない。ブライアンはいつも時間に遅れるか、きてもフラフラで使いものにならなかった。」

うううーん、ブライアンの心境もわからないでもないけれど、大目に見ても、この時こそ、きちんとしていなければならなかったのでしょうね。

まあ、それは、この時だけのことを考えればそう思えるってことで、ブライアンからしてみたら、それまでの流れがあるんだ、ってことになるのかもしれませんが。

また、ビルの著書「ストーン・アローン」には、次のように書かれている。

ジミー(ミラー)にいわせると、ブライアンは「うまくやって行こうと、おれが一番努力をした相手だね」となる。
「(BEGGARS BANQUETの)セッションがはじまったとき、彼はおれのところにやって来て、このアルバムにはあまり協力できそうにない、といったんだ。おれは無理強いはしなかった。どんな状態なんだい? とおれはミックに訊いてみた。『いや、無理強いしなくても、あいつは大丈夫さ』とミックは答えたんだが、まったくそのとおりだった。おれたちの作業がはじまると、彼は夢中になりはじめ、エキサイトしていったんだ。おれは謝った。最初に疑ったりして悪かった、とね。ブライアンは当てにならない男だ。常に自分のまわりに大勢の人を集めておきたいんだな。それに、コンプレックスのかたまりだった。だが本当におもしろいと感じた何かをしているときのブライアンは、まるで性格が変わっちまうんだ」
バンドに近い人物で、スタジオを離れたときのブライアンの崩壊ぶりを目にした者は、彼の問題点を次のように証言する。アストリッド「ブライアンは何かができるほど、まともじゃなかった。日一日と、彼はうわの空になっていったわ。でも他のメンバーたちは決してそうではなかったの。思い返してみても、本当に、みんなそこまでマヒしてはいなかった。破壊的ってほどじゃなかったわ。あんなにも多くの仕事をやりおおせていたのだから」
ストーンズのファンクラブ秘書、シャーリー・アーノルドは指摘する。「彼らのあいだには軋轢があったわ。ミックはとても創造力が豊かだったから、ブライアンが彼の邪魔をしていると思っていたにちがいない。ブライアンはただ、ついて行けなかっただけなのに」

このニュー・アルバム(BEGGARS BANQUET)に、ブライアンはほんの少ししか協力しなかった。この時期、彼がバンドに対して心理的な疎外感を感じていたことは、アルバムのレコーディング・セッションが終了する前の6月3日に、すでにジブラルタルに出発してしまったことからもわかる。

この旅先で、ブライアンはジャジューカの音楽を聞くことになる……、と書かれていますが、なんかちょっと日にちにズレがあるような?

サンチェスが書いていること、ビルが書いていることを読み合わせて考えてみると、この当時、ブライアンはバンド内に自分の居場所がないと感じていたことは確かだったように思えます。

裁判を控え、とても心穏やかではいられなかったのだろうし。

と、ここまで書いたところで、まとまりそうにないので、続きは後日書きます。

そうそう、「BEGGARS BANQUET」といえば、トイレの落書きジャケットが有名ですが、トニー・サンチェスもお気に入りだったようです。

キースが下水パイプの上に「スパニッシュ・トニー、どこにいるんだい?」と書いてくれたから。(ちょうどこのときサンチェスは休暇をとってスペインのヴァレンシアに行っていた)

知らなかった~って方は、見てみてください。すぐに見つかりますよん^^

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