ジャジューカ来日を願う思いをこめて、バシールの絵を描いてみました。
実際の写真は、もっと眼光が鋭い感じなのですが……;
さて、ひき続き、民族音楽に触れていきましょう、ということで、シタールの音に強く惹かれている私は、シタールのライブに行ってきました。
シタールだけではなくて、タブラとのコラボ。
あらためて、シタールとタブラの音って合う!って思いました。
前売り券を買い損ねた私でしたが、
「当日券でも大丈夫ですよ」
と言われたので、そんなに入ってないのかな~と思いながら行ったのですが、とてもたくさんの人が入っていてびっくり。
ほとんどステージ、見えませんでした;
入った時は、
「これじゃ、ゆっくり聴けないし、早めに出ようかな」
と思っていたのですが、聴いているうちに引き込まれていました。
やっぱり素晴らしいーーーっ、シタールの音!
いえ、シタールだけじゃなくて、タブラも素晴らしいーーーっ!
思わず拍手が沸きあがるような演奏も多々あり、知らないうちに心地よくなって身体が揺れてきそうになったり、行ってよかったー!
そして思ったのは、
「これだけ、こういう音楽のファンがいるのなら、ジャジューカ来日だって充分採算とれるんじゃない?」
なんていうこと。(インド音楽とモロッコ音楽は全然違う!と言われてしまうかもしれませんが)
「音楽セラピー」というのがあるというけれど、こういう音楽を聴いていると、それは絶対効果があるでしょう、と思える。
私は今まで、どちらかというと、歌詞がいい曲に惹かれていたのです。
でも、最近は「歌詞がいらない場合もある」なんて思えるようになりました。
歌詞がなくても充分、心を揺さぶる音楽ってあって、そういう音楽には歌詞がジャマに感じられてしまう。
もちろん、歌詞があってこその曲もたくさんありますけど、歌詞こそ全てではないって気付いたというか。
そして、シタールの音が頭から離れない私は、あらためてブライアンが奏でるシタールの音を聴きたくなりました。
ブライアンがシタールの演奏をしている曲といえば、ストーンズでは「Paint It, Black」、または、ジミ・ヘンドリックスとの「Little One」。
「Little One」の、ちゃんとした音のアルバムを持っていなかったので、ジミ・ヘンドリックスの「イン・ザ・スタジオ Vol.1」を買いました。
レコーディングされたのが、1967年12月30日、デイヴ・メイソンとミッチ・ミッチェルとオリンピック・スタジオで、となっています。
前に、この曲(ボーカル入りの、GODSTARに収録されいる別名の)がレコーディングされたのは1968年1月26日と書いたのですが、この曲は何回か繰り返しレコーディングされていたのでしょうか。
トム・キーロックの記録によると、
1968年1月26日、ジミはブライアンをスタジオに招いた。
ブライアンはトム・キーロックを呼び出し、「そこまでちょっと乗せていってくれないか」と言った。
行ってみると、ブライアンは大きなシタールを抱えて立っていた。
ジミとノエルはブライアンの才能に感激していたから、ブライアンがシタールを弾くと聞いて、彼らのバンドで弾いてもらいたかったのだろう。
ブライアンは当時、本当にシタールにのめりこんでいた。いつも正気で、明け方の5時ごろまで弾いていた。
トム・キーロックはブライアンとジミを、ジミのアパートまで連れて行った。
そこで二人が二本のアコースティック・ギターで演奏したものは、なんとも素晴らしかった。
そしてトム・キーロックは、次のようにも書いている。
ジミとブライアンはとてもうまくいっていて、そのことはミックとキースのカンにさわったようだった。
――こういうのを読むと、ミックもキースもブライアンのことを「嫉妬深い」と言っていますが、自分たちだって結構嫉妬深いじゃん、と思ってしまいます。
それと再び、前回も書いたMODEAのライブに行ってきました。
やっぱり素晴らしかったー!
2度聴いて素晴らしかったら、もうそれは私にとって本物。
歌詞がなくても充分感動できる、このような音楽に触れていると、あらためてブライアンの様々な楽器演奏の偉大な力に気付かされる。
ブライアンの演奏が、どれだけストーンズの音楽を豊かにしていたことか!
ビルも書いていたけれど、ブライアンは正当な評価を得ていない、過小評価されているって、確信できてしまいます。
変なイメージ(女とドラッグとアルコールと暴力)で伝説になっているのではなく、きらめくような彼の音楽センスについて、伝説になるべき存在だと思います。
しかし、私一人が楽しんでいて、これがジャジューカ来日にどうつながっていくのかは、疑問……;